民族主義行動党

民族主義行動党(Milliyetçi Hareket Partisi)

1958年に共和主義国民党(Cumhuriyetçi Millet Partisi)と村民党(Köylü Partisi)が合併したのが民主主義者行動党の始まり。合併時は共和主義村民党(Cumhuriyetçi Köylü Millet Partisi)だったが、1969年に現在の党名となった。トルコ民族主義を掲げる保守派の政党である。
1958年の合併後、共和主義国民党の党首であったオスマン・ボリュクバシュが党首に選ばれた。しかししばらくするとボリュクバシュと彼を支持する29人の党員が脱党、1962年に第二代「国民党」を結成した。このため共和主義村民党党首にアフメト・タフタクルチュが選ばれ、後でアフメト・オウズが任命された。
1960年の軍事クーデターの際に創設された国家統一委員会から追放された14人のメンバー(Ondörtler)のうちアルプアスラン・トゥルケシュを含む9人が共和主義村民党に入党、トゥルケシュは1965年8月1日に党首に演出された。
1969年2月8・9日に行われた党集会で、共和主義村民党は党名を民族主義行動党と変更。天秤が描かれていた党旗は3つの三日月となった。
1965年の総選挙では獲得票2,2%と非常に低かったが、当時の国家均衡法によって11人の国会議員と1人の共和国理事会議員を出すことができた。1969年にはアルプアスラン・トゥルケシュはアダナから国会議員に選ばれ、1973年まで国会では彼以外の民族主義行動党党員はいなかった。1973年に3人、1977年には16人と民族主義者行動党出身の国会議員数は次第に増えていった。
1975年4月1日に発足した第一次民族主義派内閣では、民族主義行動党からアルプアスラン・トゥルケシュとムスタファ・ケマル・エルコヴァンの2人が内閣に参加した。第2次民族主義派内閣(1977年7月22日発足)では民族主義行動党出身の大臣は5人となった。この頃から右翼活動家と左翼活動家の間で激しい衝突が日常茶飯事となった。右翼側ではBozkurtlarと呼ばれるグループが中心となり、「神よトルコ民族を守りたまえ」がスローガンだった。Bozkurtとは特にトルコ民族主義者によって語り継がれている伝説に登場する「トルコ人の祖先である狼」のこと。あまりに人種差別的なイメージが定着したため、民族主義行動党は「トルコ民族とイスラーム」という方針を強調し始め、当時イスラーム色の最も濃い政党であった国家救済党と同様、イスラーム教団などにも接近するようになった。一方、共産主義組織などに対しても武装グループを結成し攻撃を続け、右翼思想の作家や国会議員などが暗殺されるという事件も1970年代によく起こった。
1980年9月12日に軍事クーデターが起こると、1981年10月16日には民族主義行動党も他の政党と同じく解散させられ、党の財産は没収された。かつて民族主義行動党に近かった政治関係者は1983年7月7日に保守党(Muhafazakar Parti)を結成した。1985年11月にこの政党は民族主義労働党(Milliyetçi Çalışma Partisi)と改名された。最初の党首はアリ・コチだったが辞任、1987年4月19日にアンカラで開かれた党集会でアブドゥルケリム・ドウルが党首に、デヴレト・バフチェリが総書記に選出された。
かつての党首、アルプアスラン・トゥルケシュの政治活動が1987年9月6日に解禁となると、10月4日の党集会でトゥルケシュは民族主義労働党の党首に選ばれた。
1991年の総選挙で民主主義者労働党は福祉党と改革主義民主党(Islahatçı Demokrasi Partisi)と選挙協力をした。
1993年には再び党名を民族主義行動党へと変更した。1995年12月の総選挙では8,2%の票を獲得、10%未満であったため国会議員は出せなかった。1997年4月4日に党首のアルプアスラン・トゥルケシュが心臓発作で死去すると、党首候補としてトゥルケシュの息子・トゥウルル・トゥルケシュとデヴレト・バフチェリが候補として名乗り出た。党首選はバフチェリの勝利に終わり、7月6日の党集会で正式に党首に就任した。1999年4月18日の総選挙で民族主義行動党は民主左派党に次いで第二党となり、129人の党員が国会入りした。この選挙後に発足した民主左派党・民族主義行動党・祖国党の連立政権では、12人の大臣が民族主義行動党出身だった。この連立政権時代にトルコは経済危機を迎え、アメリカから招かれたケマル・デルヴィシュが内閣で経済担当となるが、民族主義行動党とデルヴィシュの関係は悪かった。党首のバフチェリは2003年11月3日に早期選挙を提案、国会でもこの選挙日が決定された。皮肉にもこの選挙は民族主義行動党にとって大打撃となり、10%の壁を越えられず国会議員数はゼロに戻った。
2003年の選挙で大敗したにも関わらず、デヴレト・バフチェリは辞任することなく現在も党首を務めている。

トルコの政党
エディターからひとこと

トルコリラ為替レート

100¥ : 1,7896 TL
$1 : 1,5033 TL
€1 : 1,9179 TL

トルコ天気情報

イスタンブル
19°C / 27°C
アンカラ
16°C / 32°C
イズミル
22°C / 30°C