民主左派党(Demokratil Sol Parti)

1985年11月14日にビュレント・エジェヴィトの妻、ラフシャン・エジェヴィトによって結成された政党。政治上での位置づけは民主左派。かつての人民主義党(Halkçı Parti)または社会民主人民主義党から離脱した国会議員たちも民主左派党に加わった。1987年にビュレント・エジェヴィトの政治活動が解禁となると、妻に代わって自らが党首となった。
1987年の選挙で民主左派党は8,5%の票を獲得したが10%の壁を越えられずに国会入りできなかった。1991年の総選挙では10,75%の支持率で国会に7人の議員を送り込むことができた。1995年ではさらに支持率は上がり(14,64%)、76人の国会議員を出した。1996年にはビュレント・エジェヴィトを首相とする少数内閣が組織され、1997年には祖国党と民主トルコ党とともに連立政権に参加した。
1999年1月に他の政党からの援助を得て、同年行われる選挙まで民主左派党の少数内閣が組織された。そのころ、クルド人テロ組織PKKのリーダー、アブドゥッラー・オジャランがケニアで逮捕されるという事件が起こり、総選挙を前にしてエジェヴィト率いる民主左派党にとって大きな宣伝材料となった。実際に選挙では第一党となり、民主左派党は136人の国会議員を出し、祖国党と民族主義行動党とともに連立政権を組んだ。
しかしトルコの経済危機など深刻な問題が起こり、2002年11月に早期選挙が行われることになった。この選挙で民主左派党の支持率は1,23%と敗北を喫し国会入りはできなかった。
2004年の党集会でゼキ・セゼルが党首に選ばれた。2007年5月17日、共和人民党との会談で、7月22日の選挙で民主左派党の党員は共和人民党から立候補することで両党は合意に達した。

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