地下宮殿(Yerebatan Sarnici)

イスタンブル市内にはいくつかの地下貯水池が発見されているが、イェレバタン・サライ(沈んだ宮殿)はその中でも発掘され大幅に修築された最初の貯水池。ビザンツ時代の4世紀にコンスタンティヌス大帝にによって建設され、6世紀にユスティニアヌスによって拡大されたと考えられている。この貯水池へはイスタンブルの黒海に近いベオグラードの森付近から水が引かれており、ビザンツ宮殿やトプカプ宮殿の飲料水として使用されていた。イスタンブルがオスマン朝によって支配された後、この貯水池は使われなくなり、その存在は1545年にフランス人学者のペトルス・ギリウスによって発見された。ペトルスは地下貯水池の上に住んでいる者によって案内され、この住民の家には貯水池に続く大きな井戸があり、小船を下ろしそこから淡水魚を釣っていたという。
1987年に修復作業が始まり、5万トンもの泥や水が取り除かれた。構造を強化するため8本の柱がコンクリートで覆われ、壁も水を通さないようにカバーされた。かつて地下宮殿を訪れた観光客はボートに乗って見学していたが、この修復の際通行路も作られボートは必要でなくなった。
地下宮殿はイスタンブルで最大の地下貯水池であり、かつて8万立方メートルもの水が貯められていた。小さなレンガでできたフォームは336本もの円柱が支えており、そのほとんどがコリント様式である。柱のスタイルも様々で、なかには木の形をしたものや、四角い柱まである。
南西の隅にある2つのメドゥーサの首は、地下宮殿の水が多少引いてから発見されたものだが、単なる建築材料に使われただけで特別の意味はないと考えられている。

octopustravel.com