省略して単にAKPとも呼ばれる。2001年に結成された保守右派政党。党の中にはかつての美徳党(Fazilet Partisi)の政治的思想に近い人、または美徳党の後身である幸福党(Saadet Partisi)の方針に違和感を感じたため参加しなかった幹部がいる。一方、党結成後に左派・右派に関わらず他の政党から脱党して公正発展党へ入党した様々な政治的見解を持つ党員も多くいるため、一概にメディアで強調されているような「イスラーム色の濃い政党」とは言えない。公正発展党自身はかつての美徳党の伝統を受け継いでいるとの主張を強く否定している。公正発展党は解散させられた福祉党の党首であったネジメッティン・エルバカンによって始められた政治思想である「国民見解(Milli Görüş)」の流れを汲むという主張に対しても、党首のエルドアンは「我々は国民見解のシャツを脱ぎ捨てた」ときっぱり否定している。左派政党からは「イスラーム法シャーリアを導入しようとしている」、国民主義政党からは「トルコ国家の利益問題で譲歩しすぎている」との批判を受けている。
党沿革
2001年8月14日に結成。党首のレジェップ・ターイップ・エルドアンは現在首相を務める。外相のアブドゥッラー・ギュル、国会議長のビュレント・アルンチュも重要な党幹部である。
公正発展党は2002年11月3日に行われた総選挙で34,29%の票を獲得、アブドゥッラー・ギュルを首相として第58代共和国内閣を組織した。当時党首のレジェップ・ターイップ・エルドアンは政治活動が禁止されていたため、国会議員ではなかった。しかし国会での憲法改正でエルドアンは政治活動を再開できるようになり、一方シイルト県で当選した無所属の国会議員であるファードゥル・アクギュンドゥズが逮捕されると、エルドアンはシイルト県での再選挙に立候補、2003年3月8日に当選し国会議員となった。
アブドゥッラー・ギュル首相内閣は3月11日に内閣を解散、エルドアンは大統領のアフメト・ネジデト・セゼルにより新内閣の組織を任命され、2003年3月15日に第59代内閣が発足した。
対外政治
イラクへの軍隊派遣を拒否したため一時緊張状態となったものの、一般的にアメリカとの関係は良好。イラク戦争でのエルドアン首相の態度はトルコ国民からも評価を得た。EU加盟に向けてトルコ国内でヨーロッパのスタンダードに合うよう様々な改革を実施したが、「ヨーロッパに媚いる」として特に民族主義政党から批判を受けている一方、経済学者からはトルコ経済の改善に貢献しているとの評価がある。