ルメリヒサール(Rumeli Hisar)

征服王ファーティヒ・スルタン・メフメット(メフメット2世)のコンスタンティノープル陥落の際、わずか4ヶ月で建設した要塞。この要塞の正面(アジア側)にはアナドル・ヒサールと呼ばれる要塞があり、ルメリヒサールよりも60年ほど前にベヤズィット1世によって建てられた。
ルメリヒサールの設計にはメフメット2世自らも加わり、主に城壁を担当した。要塞完成後、400人ものイェニチェリが駐屯した。コンスタンティノープル陥落後は、一時刑務所として使われていた。
建設から500年後の1953年にルメリヒサールは修復され、博物館として一般公開されたほか、現在コンサート会場などにも利用されている。