すべてのパーツが鉄製である珍しい教会。この教会が建てられる以前はブルガリア人は同じ宗派であるフェネルギリシャ正教会に属していたが、19世紀末、オスマン帝国内でも民族意識が高まる中、ブルガリア人のためだけの教会を要請した。オスマン朝君主はフェネルギリシャ正教会との伝統的関係を悪化させたくないという理由のほかに、政治的にオスマン朝の多民族国家の分裂を恐れたため、この要請に賛成的ではなく「1ヶ月で完成するなら」という条件付の許可を出した。この難しい条件に対し、ブルガリア人は鉄の鋳造を利用してウィーンで教会のパーツを製造し、イスタンブルで1ヶ月で組み立てた。その結果、教会は内部・外部ともにどれも鉄でできているという珍しいつくりとなった。教会内部には一見大理石のような柱があるが、これも鉄製である。