スルタンアフメットジャーミィの前に位置する。このヒポドロームはローマ大競技場をモデルにして203年にローマ皇帝セプティミウス・セヴェルスによって建てられた。コンスタンティヌス大帝はヒポドロームを長さ500m、幅117mへと拡大し、高い壁で囲まれていたことがわかっている。競馬やレスリングなどが催されたほか、政治会議の場でもあった。4世紀には10万人もの観衆が収容可能であったといわれている。
テオドシウスのオベリスク
トゥトモシス3世(紀元前1504-14)によってエジプトのヘリオポリスに建てられたオベリスクを、テオドシウス1世がコンスタンティノープルへと取り寄せたもの。現在のヒポドロームにあるオベリスクは約17mだが、オリジナルの3分の1ほどと考えられている。オベリスクの下部分がいつどのようにして無くなったのかは不明。
コンスタンティヌス・ポルフィロゲニトゥスの記念碑
10世紀にコンスタンティヌス・ポルフィロゲニトゥス帝によって建てられた。オリジナルは銅のプレートで覆われていたが、第4回十字軍遠征のコンスタンティノープル略奪の際、取り外され、銅貨生産に使われた。
紀元前479年のギリシャのペルシャ軍に対する勝利を記念してもともとデルフィのアポロ神殿に建てられた記念碑をコンスタンティヌス大帝が取り寄せたもの。オリジナルは3つの蛇の頭が先頭にあったが、第4回十字軍遠征の際に略奪され、現在は柱の一部しか残っていない。