紀元前14世紀のヒッタイトの文献にこの地は「ルッカの地のダラワ」として登場する。トゥロスの歴史は長いにもかかわらず、リキア文明の6都市のひとつであったこと以外、明らかなことはわかっていない。紀元前2世紀、トゥロスはリキア同盟の一員だった。ここで2世紀に建てられた建物の多くは、都市で有名な慈善家であったロディアポリスのオプラモアスの援助によって建てられた。
1838年にトゥロスはチャールズ・フェローズによって再発見された。
トロスはクサントスの谷の東に位置し、その頂点はアクロポリスだった。岩の斜面には家々やリキアの石棺、神殿風の墓などがある。
トゥロス周辺にはかわいらしい村々があり、ザクロの木が平和な雰囲気をかもし出している。観光客にこの地域のハーブやフルーツなどを売っている人も多い。
トゥロス遺跡
アクロポリスの丘
丘の一番高いところにはカンル・アーの要塞がある。カンル・アーは悪名高いオスマン朝時代の領主で、この要塞は19世紀まで使われていた。アクロポリスの西側と南側には大きな貯水槽などが発見されたことから、定住が集中していたのはこのあたりだと考えられる。
ベレロポンの墓
ベレロポンはギリシャ神話の英雄。ベレロポン殺害をもくろんだリキア王イオバテスは、口から火を吐く怪獣キマイラと戦うことをベレロポンに命じた。ベレロポンは女神アテネの助けで天馬ペガサスを手に入れ、怪獣キマイラを退治した。ベレロポンの勇敢さに感銘を受けたイオバテスは、彼を婿として迎え入れ、彼らの子孫はリキアの統治者となった。現在もキマイラの火は東リキアにあるオリンポス近郊で燃え続けている。墓の中には怪獣の頭であったライオンなどが描かれている。
スタジアム
ローマ時代に建てられたもので、アクロポリスのすぐ下にある。2,500人もの観客を収容できた。現在は観客席だけが残っている。
ローマ浴場
トゥロスには2つの浴場があり、隣接している。大きいほうの浴場は3つの部屋に分かれている。谷を見渡すところには7つの門と呼ばれるアーチ状の窓がある。2世紀前半に建築されたと考えられている。
小さい浴場にも3つの部屋があり、どれも半円状の天井がある。小さい浴場の周辺にはジムナシウムやビザンツ時代の教会があり、またアゴラだと思われる遺跡がある。
ローマ劇場
大きなローマ時代の劇場には34列の客席が残っている。舞台部分は現在も残っており、装飾つきレリーフが周辺に散らばっている。文献によると有名な慈善家オプラモアスも建設のため寄付をし、劇場の建設には150年かかった。