チェシメ (Cesme)

イズミルから西へ90キロのところにある小さな港町。町自体はジェノヴァ人が建てた城と小さなメインストリートがあるだけで、特に見るべきところはない。チェシメとはトルコ語で飲み水の泉の意味で、確かに町を歩いているとオスマン朝時代の泉があちこちで見かけられる。チェシメの港からはギリシャのキオス島へのフェリーが夏はほとんど毎日あり、日帰り旅行もできる。
毎年7月にはイズミル国際フェスティバルの会場としてチェシメのジェノヴァ城も使用される。有名アーティストのコンサートが開かれることもあるのでこの時期イズミルまたはチェシメを旅行する際はあらかじめチェックしておきたい。

チェシメ近郊のビーチ

チェシメ自体にはビーチリゾートといえるものはほとんど皆無だが、近郊にはいくつかのリゾート地があり、どれもチェシメ市内からドルムシュで行ける。
ホテルのほとんどはウルジャと呼ばれる昔の温泉地にある。現在もスパ・トリートメントが利用できるホテルもある。
チェシメの北にあるダルヤンにも温泉ホテルがあるが、こちらの宿泊施設はウルジャに比べると乏しい。町では漁業が盛んなので、是非ここの新鮮な魚料理を試してみたい。
もう一つのチェシメ近郊のリゾート地はアラチャトゥ。風車がトレードマークのこの町は1922年より前住民のほとんどはギリシャ人だった。1923年以降ボスニア人のムスリムが移住してきたが、かつてのギリシャ正教会はモスクに変えられずにそのまま残っている。チェシメ近郊の町の中では一番雰囲気がよい町ともいえる。
チェシメ南西にあるチフトリキという町は何の変哲もない町だが、ここからさらに南へ行くとアルトゥンクム(「金の砂」の意味)というきれいなビーチがある。少し離れたところにはチャタルアズマクという小さなビーチもあるが、アルトゥンクムほどきれいではない。


イズミル-チェシメ間の遺跡

ウルドゥル
最小限の観光施設があるウルドゥルの近くには、かつての12のイオニア都市のひとつであったエリスラエのアクロポリスがある。ヘレニズムとローマ時代エリスラエは巫女の預言とヘラクレスの信仰で重要な都市だった。巫女の神託においてはイタリアのクマエに次いで2番目の都市で、ヘラクレスは奇跡的な神像が置かれている神殿で崇拝されていた。その後家を建てる際付近の住民は遺跡の石を使ってしまい、現在どちらの形跡ももはやほとんど残っていない。城壁や劇場、ローマ時代の邸宅や墓のほかにギリシャ正教会跡があるが、アクロポリスからのゲレンジェ湾の眺めが最も印象に残る。

スアジュクとテオス
イズミル-チェシメ間高速道路ルート上にあるギュゼルバフチェという町から南に約20キロほど行くと、スアジュクという町が海岸沿いにある。夏この町はヨットの停留地となり、ビーチで泳ぐには約1,5キロ離れたアククム・ビーチまで行かなければならない。
アククム・ビーチからさらに5キロほど離れたところにはイオニアの重要都市のひとつであったテオスの遺跡がある。テオスはギリシャ神話の神・ディオニュソス信仰で知られており、ローマ時代初期にはアナトリア各地で活躍していた音楽家や俳優など芸術家の同盟であったディオニュソス同盟の本拠地となった。紀元前6世紀に活躍した歌唱詩人、アナクレオンもテオス出身である。彼の酒と歌と女性に満ちた人生は、葡萄の種がのどにつかえた結果終わりを告げた。テオスのディオニュソス信仰により過度の乱痴気騒ぎが増えるにつれ、結局芸術家たちはテオスから追い出されてしまった。
テオスに残っている遺跡の中で最も面白いのは紀元前2世紀のディオニュソス神殿。そのほかにも舞台部分だけが残っているヘレニズム時代の劇場跡や、ローマ時代のオデオンなどがある。

ウルラ・イスケレスィ(スカラ)
カラブルン半島とイズミル湾の間にある、かつてのイオニア都市・クラゾメナイの遺跡がのこる。遺跡の中には紀元前6世紀のオリーブ油工房跡がある。製造に使われていたローラーなども残っている。