ゼイレックパシャジャーミィ

ゼイレック・ジャーミィ(Zeyrek Camii)

12世紀に建造された教会。コンスタンティノープル陥落後、メフメット2世によってモスクへと変えられ、自身のモスク(ファーティヒ・ジャーミィ)が完成するまで、この教会の一部をメドレセ(イスラム修道院)とし、当時の知識人であったゼイレック・メフメットエフェンディをメドレセ長に任命した。
この建物はもともと3つの教会から成り立っている。最初の教会(パントクラトウ)はビザンツ皇帝コムネノス2世の妻の命令で建造された。妻の死後、コムネノス2世はパントクラトウのすぐそばに聖母マリアに捧げる第2の教会を建てることにした。2番目の教会が完成すると、皇帝はこの2つの教会をつなげるために、間に3番目の教会(チャペル)を建て、さらに拝廊が加えられた。3番目の小さい教会では現在も皇帝コムネノスの親族の墓が見られる。