スレイマニエジャーミィ(Suleymaniye Camii)

イスタンブル大学のキャンパスからエミニョニュ方面へ坂を降り始めると、オスマン朝建築の傑作、スレイマニエ・モスクが見えてくる。オスマン朝最大のスルタン、スレイマン大帝の命によってオスマン朝最大の建築家、ミマール・スィナンが設計・建築したモスクである。
オスマン帝国のスルタンや家族が側近とともにトプカプ宮殿に移ると、メフメト1世が建てた最初の宮殿の敷地にモスクと複合施設が建てられることになった。1550年に建設が始められ、7年の歳月をかけて完成したスレイマニエ・モスクは金閣湾を見渡す絶好のロケーションに立つ。建築様式は伝統的なイスラーム建築に忠実で、モスク内の中央ドームは複合施設全体の中心となっている。
スレイマニエ・モスクの向かい側にはスレイマニエ図書館がある。スレイマン大帝自身がイスタンブルで別々の場所にあった本を一箇所に集めるために設立したもので、6人のスルタンの時代のものがそれぞれこの図書館へ集められた。現在図書館は一般公開されているが、オリジナルの本ではなくマイクロフィルムが鑑賞できる。
この付近にある興味深いもののひとつに、ミマール・スィナンの霊廟がある。霊廟が位置する三角形の形をした庭は、かつてスレイマニエモスクの建設の際スィナンが住んでいた家があった場所だった。庭の隅には噴水があり、彼の墓には建築家としての高い地位を表す見事なターバンが彫りだされている。庭の壁にはミマール・スィナンへの賛辞が刻まれており、彼の傑作としてビュユックチェキメジェの橋を挙げている。
スレイマニエモスクの周辺にはイマーレト(公衆台所)、隊商宿、メクテプ(かつての小学校)、ハマムなどの跡がある。イマーレトは当時貧しい人たちに食事が配給されていた場所で、現在はレストランが営業している。ハマムは美しい建物だが修復が必要。
スレイマニエモスクの中庭は斑岩やマルマラ大理石、エジプト産のピンク色の御影石でできた円柱がある。エジプト産の石はヒポドロームの皇室座席のものを使用したと考えられている。
モスクへは象牙や真珠層がちりばめられた木製の扉から入る。内部の明るく広々とした空間はスルタンアフメット・モスクとは明らかに違う。中央ドームの高さは53メートル、直径はちょうど半分の26,5メートルとバランスがとれた建築設計。窓の数は合計200で、そのうち32は中央ドームにあり、モスク内に充分な光が差し込まれるようになっている。
中央ドームは1766年の地震で崩れ落ち、19世紀に建築家のフォッサーティ兄弟がバロック風の装飾を試みたがモスクのもともとの質素さと調和しなかったなど、モスクの損傷が進んだ。しかし優美なミンベル(説教段)の上部に残っているステンドグラスはイブラーヒム時代から残っているオリジナルである。
スレイマン大帝とその妻ヒュッレム(ロクセラーナ)の霊廟はモスクの隣の墓地にある。スレイマン大帝の霊廟には巨大なターバンがありドームは赤・黒・金色が使われているなど、オスマン帝国最大のスルタンに似つかわしく印象的である。