シリフケとウズンジャブルチュ(Silifke ve Uzuncaburcu)

紀元前3世紀にアレキサンダー大王の将軍であったセレウコスによって建設された都市。観光客はシリフケへその北に位置する遺跡、ウズンジャブルチュを訪れる際によることが多いが、シリフケ自体にもそれなりに見どころはある。

シリフケ城・・・ビザンツ時代の城塞。カフェなどがあり、ここからの眺めはよい。

ジュピター神殿・・・2世紀に建てられた。現在は積み重なっている石とひとつの柱が残っているだけ。

考古学博物館・・・紀元前4世紀の神殿跡があるメイダンジュカレから掘り起こされた遺跡や、アレキサンダー大王の時代の5,200もの銀貨のコレクションが展示されている。

神聖ローマ皇帝、フレデリック・バルバロサは第3十字軍とともにパレスティナへと向かう際、カリカドヌス川で溺れ死んだが、この川は現在シリフケを流れるギョクス川である。

シリフケの西約5キロには最初のキリスト教女性説教師であったテクラがひそかに使用していた地下教会、アヤ・テクラがある。

シリフケの南東にあるギョクス三角州は野鳥の観察で知られている。


ウズンジャブルチュ

シリフケからウズンジャブルチュへと続く28kmの道の景観は素晴らしい。峡谷や時代に忘れられた村々があるほか、デミルジリという村にはオリーブの木の間に散乱した6つのギリシャ・ローマ墓がある。墓というよりは空き家のような感じで、レリーフなども面白い。

ウズンジャブルチュ遺跡
歴史はヒッタイト時代にさかのぼるものの、その痕跡はほとんど残っていない。ウズンジャブルチュは古代ゼウス・オルビウス信仰の中心地であり、オルバまたはオルビアの名で知られていた。ローマ時代には(72年)都市国家となり、ディオカエサレアの名で呼ばれるようになった。
都市要塞、ゼウス・オルビオス神殿や22メートルの塔、霊廟はヘレニズム時代のオルバ王国の遺跡であり、都市要塞や街道、泉、ティチェ神殿はローマ時代に建てられたものである。またビザンツ教会やローマ・ビザンツ時代のネクロポリスがある。
ウズンジャブルチュでは今日はその皮製バッグやチュルと呼ばれる手作りの絨毯で有名である。またこの地特有のケンゲル・カフヴェスィ(アカンサスでできたコーヒー)やペキメズ(葡萄のシロップ)を試してみるのもよい。

 





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