キヤネアイはギリシャ語で「ダークブルー」の意。なぜこの名前で呼ばれるようになったのかは不明。300をも超える石棺で有名なリキア遺跡である。
初期ヘレニズム時代にキヤネアイは警察の中心地となった。ここからの道は古代都市テイミウサの港へと続いており、リキア時代にも重要な都市であった。ローマ時代後期とビザンツ時代にこの都市は最盛期を迎えたが、その詳しい歴史などについては文献があまり残っていない。14世紀にセルジューク朝の脅威がキヤネアイにも及ぶと、市民は移住し都市は廃墟となった。
2世紀の歴史地理学者であったパウサニアはキヤネアイの近くでアポロンの神託が行われていたと記述している。
キヤネアイはほかのリキア遺跡に比べてアクセスが容易ではない。車で行くにしてもジープタイプの車でないと困難。
キヤネアイ遺跡
ローマ時代以前の古代劇場やローマ皇帝アントニヌス・ピウスを称えて建てられた浴場などがある。ネクロポリスにはイオニア式の神殿墓やリキアの貴族の墓などもあり、4世紀にさかのぼるものもある。