カシュの古代名はアンティフェロス。その歴史は紀元前4世紀にまでさかのぼるが、この港町が重要視されるようになったのはヘレニズム時代になってからで、ローマ時代には木材や海綿の輸出で知られるようになった。
港にあるモスクから海岸沿いに西へ500メートル離れたところには小さいながらも保存状態が抜群のヘレニズム時代の劇場がある。舞台部分は当時も建てられなかったが、近年地元の市民によってレスリングの試合観戦の背景幕のために壁が建てられた。また日没を眺めるのにもいいスポットである。
古代劇場から約100メートル離れたところには、ドリス式の墓があり、これもほぼ完全な状態で残っている。高さ2メートルの入口にはかつてスライド式の扉があった。中に入ると死体が置かれていた石の台があり、踊っている女性が描かれたフリーズで装飾されている。
ライオンの墓も面白いリキア時代の霊廟のひとつ。霊廟は2つに分かれていて、下部にはクサントスのオベリスクと同じように詩的碑文が残されている。この霊廟は4つのライオンによって支えられているため、ライオンの墓と呼ばれるようになった。