エディルネ(Edirne)

セリミエ・ジャーミィ(Selimiye Camii)
トルコ・イスラームの歴史上最も壮大なモスク。1568年から1575年の間に建造された。オスマン朝最大の建築家ミマール・シナンが80歳のとき完成させた。モスクの建造を命じたセリム2世は1574年12月7日に死去し、その3ヵ月後のモスク完成を見ることはできなかった。
モスク内部には大理石でできているミンベル(説教壇)や、ミフラーブのある壁の美しいタイルなど、ミマール・スィナンの創り出した調和が感じられる。

ベヤズィット2世キュルレスィ(2.Beyazit Kulliyesi)
1484年にメフメト2世の息子であり8番目のオスマン朝君主であるベヤズィット2世によって建築開始され、4年後の1488年に完成した。建築家はわかっておらず、ハイレッティンまたはヤクープ・シャフ・ビン・スルタン・シャフであると考えられている。
ここにはモスクのほか、メドレセ(イスラーム修道院)、病院、台所、ハマム、水車などがあったが、その一部は現在残っていない。トラキア大学はモスク以外の部分の修築を引き受け、エディルネ医療博物館として一般公開し、2004年にはヨーロッパ博物館賞を授与した。

ウチュシェレフェリジャーミィ(Uc Serefeli Cami)
ムラト2世によって1438年から1447年にかけて建造されたモスク。ウチュシェレフェリとは「3つのバルコニー(尖塔にある)」の意味。建築家は誰なのかははっきりとわかっていないが、大建築家ミマール・スィナンの師であったといわれるムスリヒッディン・アーとの説もある。このモスクは中央ドーム型モスクの始まりといわれている。

ムラーディエジャーミィ(Muradiye Camii)
ムラト2世によって1426年に建造されたモスク。ムラト2世は夢でメヴラーナ・ジェラーレッディン・ルーミィーを現在のムラーディエモスクの場所に立っているのを見た後、メヴレヴィハーネの建設を命じた。メヴレヴィハーネはその後モスクへと変えられた。
モスク内部のタイルで装飾されたミフラーブは、ブルサのイェシルジャーミィに並ぶ美しさがある。オリジナルの尖塔は緑のタイルで覆われていたが、1752年の地震で崩れ落ち、変わりに1つのバルコニーが付いた尖塔が2年後にマフムート1世によって建てられた。
オスマン朝時代に礼拝後、シロップが振る舞われるという伝統があったが、それはムラーディエジャーミィで始まった。

ソクルルメフメットパシャハマム(Sokullu Mehmet Pasa Hamami)
ウチュシェレフェリジャーミィの向かい側に位置することからウチュシェレフェリハマムまたはチフテハマムとも呼ばれている。ソクルルメフメットパシャの命によってミマールスィナンが建築した。ハマムは男性用と女性用に分かれているが、入り口は同じ。男性用ハマムの装飾は凝っているが女性用は質素。特に男性用ハマムの石彫りは素晴らしい。

シナゴーグ(Sinagog)
1905年の大火災により、それまでにエディルネで建てられた13のシナゴーグは焼失してしまった。その後フランス人建築家フランス・デプレによって、ウィーンのシナゴーグをモデルとした「カル・カドシュ・ハ・ガドル(聖なる偉大な)」シナゴーグが建てられた。しかしエディルネではユダヤ教徒は激減したため、このシナゴーグも今では寂れてしまっている。

トルコの政党
エディターからひとこと

トルコリラ為替レート

100¥ : 1,6913 TL
$1 : 1,531 TL
€1 : 2,0811 TL

トルコ天気情報

イスタンブル
5°C / 12°C
アンカラ
7°C / 19°C
イズミル
11°C / 18°C