エジプシャンバザール(Misir Carsisi)

トルコ語でムスル・チャルシュス、別名スパイスバザール。ガラタ橋のエミノニュ側、イェニジャーミィの隣にある。グランドバザールほど複雑でなく店も少ないが、香辛料やドライフルーツ、ロクムなどを中心に種類が豊富。ただし店頭のスパイスは特に質がよいわけでもなく、安いわけでもない。
隣のイェニ・ジャーミィよりも何年か先に完成し、当時カイロからの関税が寄付されたため、エジプシャンバザールの名が付いた。L字型のバザール内には全部で88の部屋がある。
バザール周辺の裏通りには安い日用品店や卸売り店などが並んでおり、ツーリストだけでなく地元の人たちで賑わっている。特に土曜日はこの付近にさらに屋外バザールが開かれ大変混雑する。

イェニ・ジャーミィ
エジプシャンバザールの隣にあるモスク。権力を持っていたヴァーリデ・スルタン(君主の母)の一人であるサフィエ・スルタンのために建てられた。サフィエ・スルタンはスパイだという噂もあった美しいヴェネチア人。メフメト3世の母であり、政治的指導力の無い息子の代わりに事実上帝国を統治したヴァーリデ・スルタンだった。サフィエ・スルタンがモスクの建設のために選んだ場所は当時カライテスと呼ばれるユダヤ人が集中していた地域で、シナゴーグや教会が取り壊されなければならなかった。また金閣湾に近いこともあり、水の浸入などによってモスク建設はたびたび中断された。イェニ・ジャーミィの建設に当初任命された建築家も異端の罪で処刑され、メフメト3世も亡くなりサフィエスルタン自身も古い宮殿へ送られるなど、モスク建設は長い間中断されたままとなり、かつての住民カライテスも再び周辺で暮らすようになった。
結局イェニ・ジャーミィは建設開始から60年後、メフメト4世の母、トゥルハン・ハティジェによって完成された。かつての皇族用のモスク入口は現在アイヴァルク市とアイドゥン市の農業組合店があり、オリーブやオリーブオイル、石鹸などが安い価格で販売されている。

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